写真:森本美絵 ©Mie Morimoto

■アートや奈良美智さんとの出会い

  1. 山田スイッチ

    今日は、憧れていた児島さんにお目にかかれて、すごくうれしいです。前から気になっていたんですが、児島さんはどうしてアートライターになられたんですか? 普通、なろうと思ってもなれる仕事じゃないですよね。

  2. 児島やよい

    なろうと思ってなかったですよ(笑)。偶然の積み重ねで、流れに身を任せていたらこうなっていた。

  3. 山田スイッチ

    私、読者として奈良さんの記事を読むと、頻繁に「児島やよい」という名前が出てくるので、「どんな人なんだろう?」ってずっと思っていたんです。

  4. 児島やよい

    大学で美術史を専攻したわけではないし、興味はあったけど、現代美術のことは全然知らなかったです。知っているのはウォーホルやリキテンスタインくらいで、たまたま南條史生さんという、今、森美術館の館長をされている方と出会ったのがきっかけです。南條さんは国際交流基金を辞めて独立した頃で、秘書をやっていた大学の友人が、「私は違うことがやりたいので、後釜に入ってくれない?」って紹介してくれて、腰掛バイトのつもりで入った。ちょうど南條さんが名古屋にできたICAというアート・スペースのディレクターをしていてね、なんにも知らないのに、いきなりヤニス・クネリスっていう有名なギリシャ人作家 が鉄板や新聞紙や花を使ってインスタレーションする様子を見て、なんだかすごく面白いなって思ったの。ほかにも、マリオ・メルツやクリスチャン・ボルタンスキー、ダニエル・ビュランといったそうそうたる人達に会って、それで現代美術にハマってしまったんです。

  5. 山田スイッチ

    奈良さんとの出会いはどんなだったんですか?

  6. 児島やよい

    10年くらい前に、南條事務所でパブリック・アートの仕事を手がけ始めた時、横浜市上大岡の駅ビルに奈良美智の彫刻を設置しようという話になってね、直接の担当者ではなかったけれど、本人が事務所に打ち合わせに来て、話をしたりするうちに、音楽の話題で盛り上がるようになった。ドローイングを見て、「スタークラブってどのスタークラブ?」って聞いたら、「バンドのスタークラブだよ、知ってる?」みたいな感じで。「え、そういう風にバンドの名前を作品にしちゃっていいんだ!?」って、目から鱗だった。彼が学生時代に東京で通ってたレコード屋の名前を挙げて、「パイドパイパー・ハウスとか行ってた?」「行ってた、行ってた!」って、同世代ならではのノリがあって、それが始まりですね。

    スイッチさんの奈良さんとの出会いは?

  7. 山田スイッチ

    奈良さんのお兄さんが、友達の上司だったんですよ。それで、私のバイト先に友達と遊びに来てくれて、突然「わー(僕)の弟が本出したんだじゃ」って言って、『深い深い水たまり』をくれたんです。私を見て、「この子は奈良美智の作品が好きになるに違いない」って思ったらしいんです(笑)。当時はまだ、奈良さんと言われても青森県では全然知られていない時で、お兄ちゃんが一生懸命プロモーションを頑張ってた。で、本を見たら、弟が出したとかいうレベルじゃなくて、「えー!? なんかすげぇもんもらったな」って(笑)。次会った時に、「わーの弟、青森の郷土館で絵出すだ じゃ」って教えてくれて、作品が二枚出品された展覧会に、見に行きました。白くまが飛行船に乗っている絵だったかな? あと女の子の絵。ちゃんと奈良さんの絵を見るのが初めてだったので、ボヤーッとずうっと見てたら、「この絵、10分も20分も見られるな?。不思議だなー」って感じた。そうやってまた、「展覧会、またあるんだじゃ」って誘われて(笑)。今度は、ちゃんと奈良美智の名前が出ている展覧会で、過去の作品もあって。

  8. 児島やよい

    「キッズアートあおもり」の時ですね。

  9. 山田スイッチ

    そうそう。その時も作品がすごくおもしろいな?って思った。あと、ファンの人が熱心に見ている姿にびっくりした。「なんでこの人たちは、こんなに一生懸命見てるんだろう?」って。トークショーに出てきた奈良さんがすごい恥かしがり屋だったのも印象的でした。

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写真:児島やよい
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