写真:森本美絵 ©Mie Morimoto

  1. 児島やよい

    伊藤さんと青木さんの作品は、それぞれ違うのですけれど、一見稚拙に見えたり誰でも(子どもでも)できる手法(刺繍、ドローイング、切り絵など)だったり、子どものような視点が感じられたりします。(昨年の「マイクロポップ」展でも松井みどりさんが指摘されていましたが。)お二人とも動物のモチーフが多かったり、伊藤さんの「どうつぶ」のように、言葉遊びと動物の形態の遊びを組み合わせるところなどは特にそう感じます。
    でも、「子どものような感性、視点」と「子どもの感性、視点」は違いますよね。それが、子育てを通して、重なり合う瞬間があるのかなと思うんです。その意味で、お二人それぞれが、意識的にではないにしても、より深みのある表現に向かうのでは、と、期待するのですが、いかがでしょう?

  2. 青木陵子

    「子どもの感性、視点」と聞くとなんかとっても自由なイメージがあるのですが、思っているより「不自由」な事が多かったり、変なところで「自由」になったり。とにかくこちらが想像する「子供の感性、視点」とはだいぶ違うなと感じる事の方が多いです。子どもたちは大きくなるために色んな情報をカテゴライズしていく方向にあるような気がします。そんな途中段階の中ですごく自由に領域を行き来するように見えたり、逆にどうしようもなく融通がきかなかったり見えるのかなと想像してい ます。意外と融通が効かない事の方が多いのですが。
    自分は今自分が持っている情報や常識なんかを一度無くして考えるみたいな部分が多くあるので、逆方向に向かっているのかなと思います。なので実際には散歩していても自分が面白いって思ったところでは止まれなかったり、きいちゃんは毎回同じところで止まったりして、それは毎日見ているから知ってるよー、というような、ちぐはぐな事が多いのです。でも朝起きて突然「こまかい手」と叫んだりして笑えることも沢山あります。言葉は特に面白いですね。

  3. 伊藤存

    僕がなんとも思っていないことにも引っ掛かって、まごまごしてるのを見ている時に、ふと自分の記憶にないと思っていた頃の心持ちなんかが蘇ってきたりして、不思議な気持ちになる事があります。親子だからかも知れませんが。また、人らしさの要素としてはもうすでに、大人と同じくらい揃っているように思えることもあり、大人とか子どもという区別もあまりわからなくなってきたりもしてます。けど、まだなにかを美しいと思う気持ちがなさそうで、いつそう思う時が来るのか、その時に立ち会うのが楽しみです。

  4. 児島やよい

    きい柚ちゃんが、絵を描くことが好きになってどんどん描き始めたら、親子コラボもあり?

  5. 青木陵子

    最近になって絵を描くこと描いているのを見ることが好きになってきた感じです。こちらはおままごとするより断然楽しいので「お絵描きしよう」と言ってくると「はいはい?」て感じです。きいちゃんの描く絵を見たり、一緒に描いたりすると本当に興味深い。例えばきいちゃんがリュックを持っているところ描いて、と言って描くと、次はそのリュックの中身を出してと言ってきます。
    私は一度描いた上からリュックの中身を出すように描き直し、その出した荷物のお弁当の中からおにぎりを食べたり(実際には絵に描いたお弁当から絵のきいちゃんの口のところにちょこちょこ殴り描きするようなかんじ)一枚の絵を完成していくというより絵を描きながら遊んでる感じ、体を動かしている感じに似ているかも。 絵の中で時間や動きがどんどん出来ていって不思議な絵が出来たりするのです。
    私はリクエストを聞きながら早描き(あまり長い時間は待てないので)したりとか、普段の制作ではしない事をやってみたり出来るのでよい訓練になるかなあ。いままで実際には子供が起きている時には自分の仕事は絶対に出来なかったけど、こういった絵に対するいろんなアプローチを考える時間は、大きくなるにつれて少しずつ増えてきたのかもしれませんね。

  6. 伊藤存

    これまでは手の運動みたいな絵を描いていたのですが、一見ぐしゃぐしゃでもデタラメではなく、色々と内容があり、ぐしゃぐしゃのなかにも違いがあっておもしろかったです。それが、ここ最近急に、顔とわかるような、記号的な絵を描くようになってきました。この時は描くことに集中していて、出来上がると達成感を感じている様子です。成長することと描く事が連動していて、どの段階も今しか見られないので焦ってしまいます。子どもが絵を描くことにはすごく興味がありますが、コラボレーションとかは考えてないです。ぐしゃぐしゃの絵の頃から、上手く出来たのと、そうでないものが本人の中であるみたいで、僕にはその基準がよくわからないのですが、何か面白いです。へたにコラボレーションとかしたら、こっちが基準を与えてしまいそうで怖いです。

  7. 児島やよい

    伊藤さんは以前、ワタリウムでの個展の時に子どもワークショップをされてましたが、またやってみたいですか?青木さんは?

  8. 青木陵子

    私はワークショップってした事がないし、今のところあんまり考えたことがないです。

  9. 伊藤存

    去年の夏、ワタリウムで子ども対象のワークショップをしました。公園で見つけた昆虫などを観察してスケッチするという内容でした。想像の「虫」とはかけ離れたものが、実際に観察した結果が所々絵にあらわれていて興味深かったです。その時、あるお父さんもスケッチをしていたのですが、上手く描く事に心が行き過ぎた絵が出来ていて、これも又興味深かったです。子どもは案外、杓子定規なんですが、なにかのきっかけでそこから飛躍することも簡単にできるんだなと感じました。このワークショップは続ける事が出来たらと、思っています。

  10. 児島やよい

    子どもと、子どもを育てる大人たちにとって、どんな社会になっていったら良いと思いますか?そのために何が必要でしょう?

  11. 青木陵子

    やっぱり生まれる前に想像していたよりも大変って思う事の方が多くてびっくりします。子どもがいない人、子どものいる人、若い人、年とってる人、仕事してる人、してない人とかの差がすごくあって、知り合えるきっかけがすごく少ないのでお互いの事も想像しにくい社会だなと思う。なんかもっとお互いが近付けたら楽になるのではと思う事が多くあります。例えば子どもがいる人の中でも、専業主婦で子どもの世話をしているお母さんは毎日子どもと一緒で、子どもとゆっくり向き合えるけれど、少しも自分の時間がない。ほんの少し見てくれる人がいたらどれだけ良いかなあって思う。働いているお母さんは毎日なんか分刻みで動いているかんじで、もう少し余裕があったら…って、その中間はないのかなあ?保育園に預けるには働いている証明がいるから結局どっちかに片寄ってしまう。そうでなければお金や時間がかかるようなしくみ。子どもを産むか産まないか?とかどちらかを切捨て、どちらかを選択するよりも産まれた子どもをいろんな人の手で楽しく育てられるしくみが出来たら大人にも子どもにも良いような気がするのになあ。

  12. 伊藤存

    子どもがいるという目線で社会を見ると、どうしたらいいのかわからないくらい沢山の問題が切迫してきて、どうしましょう?という感じです。いっそ全ての文明が消えてなくなって、そこから始めたほうがマシとか、極端な事思ったりします。あと、子どもが殺されるニュースとか嫌すぎです。以前より情報に疲れるようになりました。実際は子どもを連れて歩いていると優しい人にもよく出会います。でも、外で子どもが遊んでいるのも昔と比べて減ってる気もします。理由なく外をうろうろし てる大人も減ってる気がします。大人がもっと暇になって外をぶらぶらするようになったら良いのにと思います。

対談の後半は、隣の公園で遊びながらのおしゃべりでした。すっかり日が暮れて寒さが増す中、エキサイトする子どもたちの絶叫は止まるところを知らず、途方に暮れる親たち…。でも、伊藤さんと青木さんが、慣れないことも楽しみながら二人で子育てしている様子が聞けて、ホッと暖かくなった私でした。お互いの子育ての話をするだけで、なんでこんなに元気が出るんでしょう。大変なのは私だけじゃないんだな、と実感できるからかな。そしてポスト・インタビューではお二人の思いを、丁寧にお話しくださいました。私にとっては、とても新鮮な視点と、思いが共通する部分とがあり、目からウロコでした。きい柚ちゃんのこれから、そして、伊藤さん青木さん、お二人の作品の展開が楽しみです。ありがとうございました!

2008年1月19日、児玉画廊|東京にて収録
写真=森本美絵
デザイン=中村アスカ(Luna-lab)
構成=児島やよい

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写真:RQ
伊藤存 展覧会風景
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